トマトジュースと、いしかわじゅんさん考

唐突だが、私はトマトジュースが好きだ。
しかも、幼稚園時代から、好きだ。


・・・いや、しぶい趣味だと思うよ。自分でも。
子供だったら、「ジュース」と言えば普通、「オレンジ」か「りんご」。
せいぜい、「グレープ」だろう。
あと、たまに「不二家ネクター」(桃)ね。
第一、世間的には、あんまり好まれていないだろう。
ハッキリ「嫌い」という人が多いのも知っている。


キッカケは、亡き祖母である。
4歳頃の夏、私が、うちの畑で採れたトマトをいくつも好んで食べていた。
「ならば、トマトのジュースも好きだろう。」
と、祖母がある日、近所の商店で買ってきてくれたのだ。
・・・誤算だった。


商店の棚に、シーチキンやら、ゆであずきやらと一緒に、「缶詰」扱いで並んでいたソレは、
一口飲んだとたん、おそろしくぬるくて、マズかった!
けれど、
冷やして飲んだ時の、トマトの味の濃厚さ。
塩を足した時の、喉ごしの良さ。
・・・トマト好きの私は、一気に魅了された。


以来、夏場には、ペットボトルで購入して飲んでいる。
時には、ウォッカをトマトジュースで割って、
カクテル:ブラッディ・マリー(またはメアリー)を楽しんでいる。

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そんな私も、
「トマトジュース好き」が、少数派であることは知っている。
カラオケやレストランのメニューに、載ってないことが多いのも、やむなしと思う。
その反動で、もし載っているお店を見つけたら、迷わず頼んでしまうのだ。


・・・言っとくけど、「飲まないと、禁断症状が」というワケではない。
「何故、メニューに入れてくれないのッ!」と、ゴネるワケでもない。
ないのが普通、という認識だから、
「やっぱり」
と諦めて、
これまた定番の、紅茶のストレートか、果汁100%のオレンジジュースを頼むだけなのだ。


ただ、メニューにあるとなると、やっぱり小躍りするのだ。
皆が好むわけではない、マイナーな飲物だからこそ、
敢えて出してくれていることに、
店員さんの中に、同じ愛好家がいるように感じられるから。
あるいは、好む人の気持ちを、汲んでくれているように感じるから。

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ところが。
たまたま入ったお店で、運良くトマトジュースを見つけて、嬉々として頼んだ時。
そのジュースは、ぬるかったのだ。
しかも、夏場に常温で保存してあったものを、急に冷やそうとして、
氷を上から、多量に入れてあったのだ。


ストローで、一口。
まだ、はっきりと、ぬるい。
気を取り直して、グラスに口をつけ、また一口。
今度は、多量の氷が溶け出して、薄くなっていた。
慌ててストローで掻き回す。私はだんだん不機嫌になってくる。
もう一度、ストローで一口飲んだ。やっぱり薄い。
やむなく傍らの塩のビンに手を伸ばし、店員さんに見られない隙に、こっそりと入れた。
・・・その時、私は珍しく、トマトジュースを残した。


たかが、トマトジュースではある。
けれど、私は裏切られたような気がして、淋しかった。
トマトジュースを、わざわざメニューに入れておいて、
それを好む人にとって不可欠の、
「よく冷えていること」「あまり薄めないこと」のたった2点を、
満たしてくれないとは、あんまりじゃないか。
・・・そりゃ、頼む人が少ないから、時には切らすこともあるだろうし、
いつも冷えてるとは、限らないんだろうけど。


でも、「少数派の好みを分かってくれている」という、期待感の強さが、
好みを満たしていない時の、ガッカリを強めたのだ。
これが、オレンジジュースなら、
「ちょーーーっと、薄いかな〜〜〜。」
と思うだけで済んだんだけど。


日頃私は、あんまり人前で怒ることはない。
むしろ、温厚な方だと思っているが、
それでも、好みに関しては、けっこう怒りっぽいことが分かった事件だった。

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ところで。
最近、いしかわじゅんさんの本「業界の濃い人」を読んでいる。
実は、私は彼を知ったのは、「BSマンガ夜話」が最初で、
時折ご本人のHPと、ファンクラブ掲示板を覗くくらい。
作品を読んだのは初めてだった。


私は、いしかわさんは、
「いつも怒ってるみたいな、キツイことを言う人」
という印象が強かったのだが、
作品によるとご自分では、温厚なほうだとおっしゃっている。


たしかに、本文中の様々な出来事のうち、私だったらもっと早くに怒ってしまうようなことでも、
いしかわさんは、大人の対応をして、受け流している場面が多い。
一方で、どうしても許せないことについては、攻め手を緩めない。
ご本人が言うとおり、温厚な人なのだと納得する一方で、
やっぱり私には、怒ってる人という印象が強いのである。
読み進めるうち、山下洋輔さんとのエピソードに、はたと膝を打った。


山下さんは、いしかわさんとプロレス話をしていて、
彼がプロレスを愛するあまり、
「もっと、こうしたらいいのに」
と、愛ゆえの不満を次々と語るのを聞いて、
「いしかわさんって、プロレスが嫌いみたい」
という感想を漏らした、という。


誰でも、こだわりのあるものや、大好きなものについて、
愛もあれば、愛ゆえに「こうであってほしいのに」という不満もある。
いしかわさんはきっと、愛情の対象が、他の人よりも遥かにいっぱいあるのだ。
だから傍目には、いつも何かしら、怒ってるように見えたのだ。

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温厚を自負してる私でも、
「トマトジュースをなめんじゃねェ!」
と、内心、キレてたもんなあ。
・・・一緒にしては、いしかわさんに失礼なのだが。


すっかり薄まったトマトジュースすすりながら、ふと、
温厚なはずのいしかわさんが、怒ってるわけが腑に落ちたのだった。